■ 帰国の命令

万国博覧会の式典の参列者は、各国を代表する人物ばかりだった。
栄一はフランスの皇帝、ナポレオン3世とも会見し、オペラを見物しフランス料理に舌鼓を打った。

そんなある日、栄一は、一行の世話役を務めていたフランス人の銀行家、フリューリ・エラールから西洋の文明が発展した、その秘密を教わった。
それは銀行と、株式会社の仕組みであった。
銀行とは、多くの人々からお金を集め、そのお金を事業に投資し、その事業によってもうけたお金を、再び人々に返す仕組み。
株式会社も同様に、たくさんの人に出資してもらい、集めたお金を元手に事業を行い、そのもうけを出資者に返す仕組みなのだという。

一行の会計係だった栄一は、 実際に、自分たちが持っているお金を、フランスと、フランスの鉄道会社の公債を買うという形で預けていた。
そして帰国間際、公債をお金に換えると、お金は増えていたのだ。
これには、栄一も びっくりした。

「これならば、誰もが進んでお金を出すに違いない。
個人個人がもうけられると同時に、大きな仕事ができ、国も豊かになる。
一方的に500両を取り上げようとした領主のやり方とは大違いだ」

あのスエズ運河も、これと同じような仕組みでお金を集め、建設資金としていたのだ。
日本に帰ったら、すぐにこのやり方を広めたいと、栄一は心に決めた。
さらにフランスには、日本のように、武士や役人が偉く庶民はその下という、身分差別の考え方がないこともわかった。
また、ベルギー国王と謁見した時にも、栄一は大きな感銘を受けている。

日本人の一行に対して、国王は言った。

「ベルギーは良質な鉄を作っています。
これから日本が発展するにあたって、多くの鉄が必要になるはずですから、その時にはぜひ、ベルギーの鉄を使ってください」

国王とは、日本でいえば将軍だ。
その将軍が自分の国の商品を外国人に対して、直接話をして売り込むなど、品位が下がるみっともない行為である。
しかし、国を代表する人間が、国の利益になるための行動をすることは、当然といえば当然のことだ。

「ベルギー国王、レオポルド1世はえらい!」

毎日が新しい発見と感動の日々。
そんな時、突然、昭武ら、フランス視察団一行に帰国の命令が下った。
栄一らが離れている間に、日本では大きな変革が起きていた。
慶喜が政権を朝廷に返上し、 新しい政府が誕生したというのである。

「自分を家臣として取り立て、フランスに送ってくれた慶喜公が失脚した」

栄一らは、いそぎ帰国。
約2年ぶりに日本に帰ってくると、徳川幕府はすでになく、政権は明治政府へとうつっていたのだった。
かつての主君、慶喜が駿府(現在の静岡県静岡市)にいると知った栄一は、さっそく会いに行った。

慶喜は宝台院という寺で謹慎生活をおくっていた。
粗末な部屋に、かつては将軍だった人がいる。
人間の運命は分からないものだと栄一は思った。
また、幕府を 倒そうとする一派と最後まで戦うことなく政権を手放した慶喜を、世間は弱腰だと思っているが、それは違うと、栄一は感じていた。
慶喜公は日本の将来を思い、自ら潔く身を引いたのだと。
そして、

「いつか、慶喜公の功績を本にまとめ、真の姿を世の人々に教えたい」

と心に誓ったのだった。
栄一は、郷里から静岡に妻子を呼び寄せ、慶喜がいる静岡で働きながら、こに骨をうずめる覚悟を決めた。
そしてさっそく、フランスで学んだ銀行の仕組みを取り入れた「商法会所」という組織を作った。
お金を預かり、米や肥料を売買したり、お茶を作る人や蚕を育てる家にお金を貸す、 銀行と会社を併せたような仕事をする組織だ。
これが日本で初めての株式会社であり、栄一はその会社の経営責任者となった。

【出典】
 Gakken
 マンガ&物語で読む偉人伝 渋沢栄一

 

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